
鳥栖駅のうどん、ってみんな言う。僕の出生地が佐賀県の鳥栖だというとほとんどの人はどこにあるかもわからないけれど、鳥栖のことを知っている人はみんな「鳥栖駅のうどん、美味しいよねえ」って絶対言う。それに対して僕もちょっと誇らしげに「5・6番ホームのうどんが一番美味しいですよね」と返すことになる。だけど小さな田舎町を抜け出したくて18歳で上京した僕は、実はそんなに鳥栖駅のうどんを食べたことがない。里帰りのときは福岡空港まで帰ってきてそこでレンタカーするのが便利だったりするので、電車にあんまり乗らないから鳥栖駅を利用する機会も少ない。もう5年前くらいになるか、味を思い出せなくなったので鳥栖駅まで行って入場券を買って5・6番線の中央軒でかしわうどんを食べたけど、やっぱりまたどんどん忘れていく。
鳥栖は九州自動車道の分岐となる四葉のクローバー型のインターチェンジとサッカーチームとそのスタジアムで有名な町だ。僕は鳥栖で生まれて、10歳のときに隣町に引っ越して高校時代までを過ごし東京の大学へ進学、今や東京での暮らしのほうが故郷での暮らした時間の2倍の長さになった。3年前に母親が亡くなって実家が存在しなくなったので、今年の里帰りのときに鳥栖駅を見下ろすビジネスホテルに泊まった。朝型の僕は5時くらいには起きてしまって、まだ真っ暗なうちから動き出す鳥栖駅とそこに吸い込まれて吐き出されていく人々をぼんやり眺めていた。東京よりも1時間くらい遅い夜明けの太陽が、昔とほとんど変わらないレトロな駅舎の鳥栖駅を橙色に照らす。
そのとき「あ、鳥栖駅のうどん」と思ったけれど、結局僕は借りていたレンタカーでロードサイドのスターバックスコーヒーまで走ってパンとコーヒーを齧った。いつものスタバの味がした。あれから2週間、東京に戻ってきて今、あの日、鳥栖駅のうどん食べておけばよかったなとじわじわ後悔している。朝の光のなかホームで立ち食いするうどんなんて最高じゃないか、と。今年はもっと故郷に帰る機会を作ろうと思う。次に帰ってきたときは必ず鳥栖駅のうどんを食べたい。5・6番ホームの店で。



2020年の鳥栖駅のうどん写真。