2026年10月22日

山田稔明×岡野裕行 コラボトーク&ライブ 「そばにあるすべて 2002-2026」(2026年10月20日 @ 吉祥寺 キチム)【ライブ後記】

今年の春から準備を始めてずっと楽しみにしていたイベント。「文学散歩の研究」という本を岡野裕行さんが送ってくれたのは1月だったか。御本人に会うのもいつぶりかわからないくらい久しぶり。会場入りして再会を喜びつつ、それほど詳細な打ち合わせがなかったのは、きっと僕の予想の裏をかく内容を伏せてのことだったのかもしれない。僕は僕で“文学散歩”というものを実践しようと思ってこの日の午前中から午後まで吉祥寺・三鷹界隈で、山本有三記念館から三鷹市美術ギャラリーの太宰治「三鷹の此の小さい家」展示駆け回っていた。きっと岡野さんが文学散歩についての解説をしてくれて、僕は僕の文学散歩をプレゼンする、という想定で。

果たして会が始まってみると繰り広げられたのは、岡野さんのGOMES THE HITMAN/山田稔明への偏愛と経歴をパワーポイントの資料や年表を使って熱く語るというオモシロ講義。熱を帯びて早口になって、それがいつしかゆるやかに“文学散歩”についての語りに繋がっていくのはさすが大学教授だなと思いました。人が「自分の好きなもの」について語るのを聞くのはその対象のことを知っていても知らなくても面白く興味深いものだけれど、この日の熱弁もこそばゆくも楽しく光栄だった。

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僕自身が必死で活動してきたこの20余年が、だれかの動機づけや刺激、背中を押す力になっているということが驚きであり喜びでもある。確かに岡野さんが東京を離れるときや海外に赴任するときなど折々に丁寧にそういう報告をしてくれていたことも思い出す。この日会場に訪れていた岡野さんの同僚や生徒さんたちが「先生は自分の関心のあることを語るときめちゃくちゃ早口になるんですが、今日がそれでした」と笑いながら教えてくれた。

僕は僕で文学散歩の研究成果を聞いてもらった。山本有三と太宰治が同じ時代に活動した(有三のほうが20歳以上歳上であるが)にも関わらず直接の関係性が知られていないことが不思議で、調べてみると三鷹市下連雀の至近距離に暮らす7年間が重なっている。太宰が落選した芥川賞の選考委員の1人が有三で、有三は太宰を直接評する言葉を残していないけれど、太宰は電車のなかで有三の姿を見かけて好意的ではない言葉を誰かに伝えていたそうだ。点と点が交わらなかったのは太宰がひねくれていたからなのではないか、というのが僕の推測である。答え合わせはしていない。

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繋がり始めた点と点、と「点と線」で始まった弾き語りライブは岡野さんからのリクエストを反映したセットリストになった。『新しい青の時代』からとって子どもに「あらた」と名付けた岡野さん、その作品からも多く歌った。「距離を越えてゆく言葉」という曲が“文学散歩”や野田宇太郎研究に繋がったというのは想像もしない話だったけれど、時間も距離も越えて自分の言葉や思想が次の世代に語り継がれることがあれば、それは本当に素晴らしいことだと思う。

このイベントを企画してくれた簡さんからのリクエストで歌ったフジファブリック「若者のすべて」はボーカル志村正彦さんの故郷である山梨県富士吉田市にある富士急行線(富士山麓電気鉄道)の下吉田駅で流れるメロディということで著書のなかに書かれている。僕は吉祥寺の17時に鳴る鐘について話し、それが収録されている2002年『mono』のオープニングの音を皆さんに聞いてもらった。調べてみるとスピーカーが設置されているのは宮本小路公園、防災無線の鐘だそうだ。

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どんな内容になるのか未知のイベントだったのが、結局ずっと面白くて笑っていた気がする。こういう機会をいただけたことがとても嬉しい。岡野さんは大学で図書館学について教えている教授、情報を頒布することにとても意識的な人だと感じました。とても久しぶりに会ったのにずっと知り合いだったような感覚も不思議。またそう遠くない未来に会っておしゃべりがしたいです。ありがとうございました。

平日の夜に近くから遠くからたくさん集まってくださったお客さん、たくさんサンドイッチを作ってくれたキチムスタッフの皆さん、写真を撮ってくれたかんなさん、企画してくれた簡さんに心から感謝を。

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photo by kanna

Posted by monolog at 13:02│Comments(0) │