
2001年1月24日に発売されたGOMES THE HITMANマキシシングル「饒舌スタッカート」はリリースから25周年となりました。先日は「メジャーデビュー記念日(1999年)」だったり、その日は実は2004年「夜明けまで」の22回目の発売日でもあったり、来月はアルバム『mono』の24thアニバーサリーだったり、長く活動していくと“記念日”みたいなものがどんどん増えていってしまうのですが、現在というのは過去の集積である、と考えると、山登りにおける石積み(ケアン)のような、言うなればささやかな記念碑みたいなもののように僕は日付について思い、そして想い返すのです。
2001年『饒舌スタッカート』は背水の陣で望んだ作品でした。本来ならばレコード会社との契約枚数が終了していたところに、前年からテレビバラエティ番組で「拍手手拍子」がエンディングテーマとなり、さらにそれを「饒舌スタッカート」が更新するかたちとなってシングルリリースが決まったのです。「拍手手拍子」と「ねじを巻く」は井上富雄さん(ルースターズであり、犬キャラのベーシストであり、九州の先輩)に、そして「饒舌スタッカート」はスピッツを第一線に押し上げた笹路正徳さんのプロデュースで制作されました。レコーディングは一瞬一瞬、すべての時間が楽しくて素晴らしい経験でした。
作品が完成してマスタリングをロサンゼルスでやらせてもらった。これはレコード会社から僕への最後のご褒美だったと思います。サンフランシスコから入ってLAまで移動して作業、全部で5日間くらい.
マスタリングエンジニアが偶然にも僕の無人島ディスクであるJane's Addiction『Ritual De Lo Habitual』を手掛けたEddy Schreyer氏だったときの興奮。マスタリング音源をカーステレオで流して走ったヴェンチュラ・フリーウェイ。旅の最後、ベルエアのスイートルームでの最後の夜に寝ないでケーブルテレビを見つめ続けた時間とか。
猫ジャケにしたい、と写真家斎門富士男さんにコンタクトをとって葉山の猫屋敷でポチと出会って、完璧なジャケットが完成し、その10ヶ月後その猫は僕と暮らすようになるという物語(僕は吉祥寺へ引っ越した)。四半世紀前のそのタイミングで僕の人生は一度大きく変わったのでした。なかなかカロリー高めの曲なのでセットリストに乗せるときも「ええ、饒舌やるの…?」とメンバーみんな一度ちょっとうつむくんだけど、でもやると楽しくて盛り上がって大人げなくやんちゃになってしまう。そんな玉手箱みたいな歌です。ぜひこの機会に今一度、「饒舌スタッカート」、そして「拍手手拍子」「ねじを巻く」と聴いてみてください。
アナログ7インチがあります。こちらから、なくなる前にぜひ。