なんということでもない、生まれ日の話
最初の「夜の科学」が2002年12月なので、もう20年以上ずっと自分の誕生日に一番近い週末にライブを続けているから、誕生日をゆっくり穏やかに過ごしたことがほとんどない。準備に追われていたり、くたびれ果てていたり、ステージ上にいたりのどれかだ。今年もライブの翌日、後片付けをしたりしながらいつの間にかうたた寝してしまっていたり、気づいたらもう夜になっていたりだった。たくさんお祝いをいただくけれど、自分的にはやっぱり「今年もなんとか誕生日を切り抜けた」という感覚になる。必ずかかってくることになっていた母親からの電話は2023年から鳴らなくなった。いつからか誕生日に欲しいものっていうのもなくなった気がする。今年は自分への誕プレにスマホ用のモバイルバッテリーを買ったつもりがそれはただの充電器で、誕生日当日になってまた違うやつを買いなおすという下手を打った。
ママンは耳の手術から半年経ってあらためて異常なしで元気。チミはソファで伸びている僕をダイニングテーブルの上からシラーっと眺めていて、その姿をサッとスケッチした。誕生日は普通の日と大して変わらないくて、こんなふうに過ぎていくけれど、きっと何か、新しい始まりの日。

Posted by monolog at 13:22│
Comments(2) │
変わらない日々が続くことが最高のプレゼントなのです。
ママンの異常なしの結果も嬉しいプレゼントですね!
そして、ずっと変わらずお母さんを想い出す特別な1日ですね。