しかし「え、おれ来月から東京にいくと?どがんしたらいいと?」と我に帰ったのが32年前の今頃のことで、どこに住むのか、荷物はどうするのか、いつ旅立つのかを数日のうちに決めないといけなくて、バタバタと奔走。下宿先は母親が知り合いから聞いてきた学生寮に決まった。西武新宿線の下落合駅からすぐのところにある学生会館に付属する学生寮、そこに住む学生の半数以上は外国からの留学生だった。うちから送ったのは布団とCDラジカセ、それ以外はカバンに入るだけの本とCD。4月に入って入学式の2日前に佐賀を発った。福岡空港行きの高速バス乗り場まで母が送ってくれて、手を振ってまた泣いていて、今度は僕もバスが走りだしたあとで少し泣いた。
果たして、たどり着いた学生寮は六帖のワンルーム、バス・トイレは共同と聞いていたが、畳を6枚縦につないだみたいな細長いにも程がある部屋だった。初めての一人暮らしだが、うなぎの寝床ってまさにこのことだ。小さな備え付けのベッドで眠れぬ夜が明けて、洗面所に行くとイスラム教国家からの留学生が右手だけで顔を洗っていた(左手は不浄の手なのだと知る)。大学まで行くのに下落合駅から西武線に乗ろうと思ったら満員電車だったので、ひとつ待とうと思ったら次も満員電車だった。次の日から僕はJR高田馬場駅までのひと駅を徒歩で移動することになる。巣鴨からキャンパスへの道、染井霊園で初めて見るソメイヨシノの荒々しい美しさに感動した。不安しかなかった32年前の4月。ホームシックにもなって、5月の連休に僕は早速帰省したりするんだけど、あの頃の気持ちは懐かしいなと思う。外国で暮らすことになったらまた感じるのかな。その学生寮には2年いた。今はもう取り壊されていて存在しないけれど、春になるといつも思い出す。
新生活を迎える皆さん、今の不安な気持ちもいつか懐かしいものになるから大丈夫です。
