緊急事態宣言から1週間経って思うこと
「コロナ禍」という言葉を頻繁に見かけるようになった。「ころなか」って読むらしいけど発語しても多分なかなか伝わらないだろう。4月7日に緊急事態宣言が発令されて今日で一週間になったけど根本的な何かが変わったようには感じられない。4月になってずっと家にいる。たまに買い出しに行ったり、1日1時間は散歩するようにしているけれど、とにかく家にいる。猫と一緒に過ごすから自分も猫みたいに時間を過ごすようになる。猫は普段留守にしがちな僕がいつも家にいるから僕のほうに寄ってきて人みたいに過ごしている、と言えるかもしれない。
ありがたいことにやらないといけない仕事や作業はたくさんあって、だいたいはパソコンに向かっているのだけれど、ふと窓の外を見て、それからPCのディスプレイに視線を戻す途中で父親の遺影と目が合う。父は2年前の12月に旅立ったが、もし父が今生きていたらどうだっただろうか、と想像する。父は強がりだったから絶対「そんなもん、簡単に感染らんわ」とか言ってマスクをしなかったり、常連が集まる居酒屋へ出かけていったりしたんじゃないかなあと思い描く。だから「お父さん、今この時に生きてなくてよかったね」と話しかけるのは不謹慎だろうか。
昨日は日がな確定申告の作業をして、今日はラジオ収録だった。さあ明日は家でなにをしようか。今晩23時からはインスタライブをやります。

Posted by monolog at 20:57│
Comments(4) │
不謹慎ではありません。コロナが深刻化して以来、私も父が他界していてよかったと思っています。マスクもせず、飲み歩いたりしてこちらが気を揉むことになったのだろうなと。
「お父さんがいればなぁ」と思える時はいつ来るのでしょうか。
わたしも同じようなことを考えるときがあります。正直、こんなときに父が生きていたら過酷でつまらなかっただろうな。生きてなくて良かったんだよ。とも。
今の状況でも仕事へいかなければならず、不安なら休んでもいいと言われますが。でも、父だったらこうするだろうな。と、職場へ向かいます。煮え切らない気持ちを抱えながら。明日は なにしよう。。安全な おうちで働ける人は羨ましいし、仕事を失った人には かける言葉が見つかりません。先のみえない状況、一日も早く いい方向へ向かいますように。
小さな巣をつくるように暮らすこと リクエストします。大好きなあの人の笑顔を想う 大切な一曲です。
うちの亡くなった父も、絶対まさかなんてしてられるか!というタイプでした。山田さんの記事を読んで父を思い出すことがてきて、家族で父の話ができたこと嬉しかったです。
先程のコメントに誤字がありました😞
絶対マスクなんて…です。ごめんなさい。