2019年12月05日

なんということでもない、この1年という時間の話

先週は週末に加古川でライブがあって、前日には関西キャンペーンがあった。それより1日早い木曜日から大阪入りしたのには理由があった(スティーブン・マルクマスのライブは棚からぼた餅?だった)。明日12月6日で父親が亡くなってからちょうど1年になるのだけど、一周忌のタイミングで大阪にいるのがスケジュール的に難しかったから、ちょっと早めに父に手を合わせに行ったのだ。言葉未満の想いをふっと吐き出して、ポケットに入っていた飴をそっと、置いてきた。1年はちゃんと1年分の長さがあって、あっという間なんかではなく、ちゃんと1年だなあと思う。父の会社をたたむためにバタバタ駆け回った春までのてんやわんやがあり、春には今度は僕が病気になってぐったりした。夏が過ぎる頃にはすっかり元気になって今年はサンフランシスコへ行った。一昨年も二年前も「インドネシアのバリ島っていうとこに行くんよ」と父に言うと「ええやん、ゆっくりしてきいや」と小遣いをくれたからお土産を送った。バリ土産は結局今僕の手元にある。秋からこっち、また忙しくてヒーヒー言いながら、“師走”という感じの日々を過ごして今日に至る。

加古川でのライブではやっぱり去年のことを思い返した。去年は加古川からの帰り道で父のところに寄って緩和ケアの病院の話をした。二週間後に一緒に面接に行く約束をした。駅まで僕を車で送ると言い張る父、「いいよ、怖い。お父さんに送ってもらうとか、それこそ死のドライブやんか!」と言っても聞かないから仕方なく、ヒヤヒヤしながら「そっちダメダメ!逆走!!」とか言いながら駅に辿り着き、握手をして別れて、それが父との最後になった。後悔は尽きないが、あのときの駅までのドライブがあってよかったなあ、と思う。生涯自動車屋さんだった父にかっこつけさせてあげられてよかった。その三日後に父は仕事場で倒れて帰らぬ人になるけれど、僕は全然泣いたりできなかった。

今日、自分が出るラジオがあったので聴いていたら星野源の「ストーブ」がかかった。自分でもCDで持っている曲だったけど、その歌詞にびっくりするくらい心が揺さぶられて、鼻の奥がツーンとなって動揺して、泣きそうになった(すぐ自分の声がラジオから流れてきたから泣かなくて済んだ)。で、それをきっかけにしてその不在がどんどん寂しくなって、今父のことを強く想っている。ちょうど1年というタイミングでこういう気持ちになることが興味深いし、音楽の不思議な力を感じる。こないだ受けた取材で「『memori』には、“死”とか“いなくなった人”を感じさせる何かがありますね」と言われた。わ、ホントだ。その通りだ、とハッとしたけれど、僕はなんとか体裁を整えて、しれっと「そうですか?そういう意見は新鮮ですねえ」と受け流した。この1年をかけて作ったアルバムだから当然なのだ。いつも僕がCDを出しても大した反応をしない父だったけど、『memori』は聴いてほしかった。今はもう自由な魂の父にどうにかして聴いてもらいたいなと思う。あれから1年が経とうとしている。

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Posted by monolog at 21:54│Comments(4) │
この記事へのコメント
写真の猫さんの笑顔で、お父さんの優しさが伝わってきました。
Posted by rito at 2019年12月05日 22:04
トラちゃん元気にしとるやろか。
Posted by bamboo at 2019年12月05日 22:21
ラジオつけたら「ストーブ」が流れ始めたところで、あ、もう始まってる?山田さんselect?とか思ってびっくりしました。違うと分かりさらにびっくり。まあ多分偶然ではないんだと思いますよ^_^
なんだかこっちまで泣けてきちゃったじゃないですか、もう。
Posted by はっち at 2019年12月05日 22:25
525600分
52万の大切なとき
1年をどうやって計る?

夜明けの数で 夕焼けの数で
過ごした真夜中の回数で
コーヒーを飲んで回数で
インチで マイルで
笑った数で 争いの数で

愛はどうだろう? 愛で計ってみよう
愛という季節で 今が歌うその時

ミュージカル『RENT』より
      「シーズンズ・オブ・ラブ」

山田さんの「1年はちゃんと1年分の長さ」という言葉に、物差しの目盛りの折り目正しいさまを連想しました。

『memori』必ずや天国のお父さまに届くことを
願っています。

Posted by naco at 2019年12月06日 12:17