

この日は満員御礼。巣巣にこんなに人が入れるのかというほどの盛況。はいりさんの出演はチケットが完売した後に発表されたのだけど、永井宏さんに縁のある方たちにもたくさん来ていただいた。永井さんの奥さま南里さんにも久しぶりにお会いできて嬉しい。スペシャルなステージに先陣切って登場したのは「草とテン・シューズ」だ。巣巣店主岩崎さん、鎌倉の雑貨屋molnの店主綾ちゃん(ふたりが店主だからテン・シューズ…)、永井さんの愛弟子イシカワアユミさん(草の研究家だ)、そして音楽面をまとめるfishing with john五十嵐くんからなる4人組は、もしかしたら「だれでも表現者になれる」という永井さんの意思をもっとも明確な形で受け継いでいるかもしれない。瑞々しい自作曲2曲と僕が書いた「冬の日の幻」「小さな巣をつくるように暮らすこと」を立派に演奏し、岩崎さんはイベントの趣旨をわかりやすくお客さんに向かって知らしめてくれました。
それを受けて僕と中森さんのデュオ。CCR「Down on the Corner」、ジミー・ウェッブ作の「ウィチタ・ラインマン」と永井さん好みな選曲を。「アイスクリームマン」は永井さんが日本語を付けたジョナサン・リッチマンの歌。そして草とテン・シューズのカバーを受けて「小さな巣をつくるように暮らすこと」本家版をイシカワアユミさんのピアノと一緒に合奏で。巣巣のために作った曲は巣巣で一番良く響くように感じます。カーネーション直枝さんを呼び込んでのセッションはAMERICA「名前のない馬」と「ヴェンチュラ・ハイウェイ」、男3声コーラスとギターアンサンブルに演奏しながらしびれっぱなしでした。

直枝さんのステージも素晴らしかった。直枝さんも著書『マーキュリー・シティ』で永井さんのことを知ったそうだ。NRBQについての原稿を初めて書いたのは永井さんなのではないか、と心酔したそうで、ご本人に会って親交も深かったとのこと。トッド・ラングレン、ニール・ヤングとレアな選曲が続いたが、郷ひろみ「ハリウッド・スキャンダル」、さらには島倉千代子「愛のさざなみ」のカバーが圧巻だった。良いものを引き継いでいくという直枝さんの心意気にしびれた。再び僕と中森さんが直枝さんに加わりセッション。「多分、永井さんはストーンズ派だっただろうから気に食わないかもね」とにやりとしながらビートルズ「Two of US」を。直枝さんと中森さんのハーモニー、僕はジョージ・ハリスン役でギターでベースラインを弾いた。僕からのリクエストで「EDO RIVER」も3人でセッション。この歌が発売された1994年、僕は大学3年生、フィッシュマンズ『ORANGE』もその年にリリースされた。前年1993年には小沢健二『犬は吠えるがキャラバンは進む』、翌年の1995年にはヒックスヴィルが初めてのレコード『RIDER』を出した刺激的な時代。これらの日本語のポップス/ロックがなければ今の僕はいない。直枝さんと一緒に「東京から少しはなれたところにすみはじめて」と歌えて感慨深かった。いくつものハイライトがある夜。(続く)