
昨日のこと、高野さんのライブの刺激がまだ残っていて、夕方までずっとソングライティング作業。新しい言葉は新しいメロディを呼ぶ。夕方から出かけて渋谷へ。渋谷PARCOが建替えのために今月閉館するのにあわせて行なわれている「SHIBUYA, Last Dance_」を見る。渋谷PARCOができたのは1973年、僕と同い年だ。個人的にも渋谷のランドマークであり、車で出かけるときはいつもPARCOの駐車場に停めることになっているから、これから2019年のリニューアルまでこの場所が「ない」ということがあまり想像できない。展示では小沢健二氏の文章が掲げられていて、そのなかで「渋谷PARCOにある手相と占いの店」のことが触れられていた。愛猫ポチが死んでしまった夏、ふらふらと幽霊のように渋谷をさまよい、気付いたらまさしくその占いのブースで占い師の話を聞いていたことを思い出す(そこで告げられた不思議な啓示については改めて文章にしたいと思っています)。街は変わっていくが変わらないものも「ある」。
そのあと、鈴木慶一さんとKERAさんのNo Lie-Senseのライブを観た。ドラムはイトケンさん。渋谷PARCOの43年の風景のことを考えた後で聴くその音楽は奇しくもそれより10余年さかのぼった昭和をモチーフにした、喧騒、高揚感と楽しいナンセンスが詰まったお芝居のようなステージだった。高度経済成長を音であらわしたような混沌。「人間なんてラララ生まれて死ぬだけさ」と始まったアンコール、「ALWAYS LOOK ON THE BRIGHT SIDE OF LIFE」日本語カバー。渋谷までの電車のなかでの佐野洋子さんの『死ぬ気まんまん』について(小林聡美さんの『読まされ図書館』のなかの章)読んで思ったことと通じるところがあって、とても印象に残った。終演後、KERAさんに猫のおもちゃを渡せて感無量。
とても「渋谷」な一日。会場で会った近藤研二さんと猫の話をしながら帰宅。