2015年10月14日

小説「猫と五つ目の季節」のこと6|ロングインタビュー

小説「猫と五つ目の季節」についてインタビューを受けました。
ミルブックスのサイトに掲載されたものを転載します。

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ーこれが初小説ですよね。

山田 本格的な小説を書くのは今回が初めてですが、12年ほど前に短編小説を書いてみないかというお話をいただいて、少しだけ書いたことがあります。 僕がやっているGOMES THE HITMANというバンドで『omni』というアルバムをリリースした頃でした。
その時は完全なフィクションを書いたのですが、自分のやりたいことと少し違うと思ったんです。元々文章を書くことは好きだったのですが、何かしっくりこなくて。書くこと自体は楽しかったのですが、1本書いたところで筆が止まってしまいました。1本だけ書いた短編は「夜の科学」というタイトルで、ある冊子に掲載してもらいました。

ー東京外語大学で英米語学を専攻していたそうですが、その時には文章を書いていたのですか。

山田 英米文学をたくさん読むようになって、文章に慣れ親しんでいましたがバンド活動に熱心で、文章は書いていませんでした。でも、それよりさらに遡ると、小中学校の頃は国語の成績はずっと5で、子ども心に漠然と自分はこの能力で生きていくことになるのかなという思いがどこかにありました。

ー小学生の頃に詩が新聞に載ったことがあるんですよね。

山田 小学校の低学年の頃に書いた「夜のカーテンがおりてくる」という詩が朝日新聞に載って、小学校6年生の時に作文コンクールで優秀賞を取ったことをよく覚えています。自分では何を書いたか全く覚えていないけれど、未だに小学校の頃の友人と会うと、「山田のあの作文がすごく良かった」と言ってくれます。その友人は作文の内容まで記憶していて、「まるで自分が体験しているような文章で、感動した」と言ってくれました。

ー大学時代に結成したGOMES THE HITMANは、最初から日本語の歌を歌っていたんですか。

山田 結成した頃から僕の書いたオリジナル曲を演奏していたのですが、最初は英語詞でした。でも小沢健二の『犬は吠えるがキャラバンは進む』というアルバムに出会ってからは、何を言っているのが聞いている人に伝わらない英語で言葉を書くことを無駄に思うようになったのです。伝えたい熱いメッセージがあるわけではないけれど、自分が書く言葉をちゃんと理解して聞いてもらいたいという欲が出てきて、それから歌詞を日本語で書くようになりました。その頃から、曲を書くことは歌詞を書くことだという認識に変わっていきました。今でもそう考えていて、聞いている人に言葉の意味がちゃんと伝わるように意識して曲を書いています。

ー大学時代に書いた日本語のオリジナル曲は、風景描写がいいと評判になったという場面が小説の中にも登場しますが、それが自信にもなったんですかね。

山田 周囲の友人たちに最初に評価してもらったのが、歌詞の風景描写でした。僕は大きな声で伝えたい強いメッセージは特になくて、丁寧に風景描写をすることで何かを伝えることをしたいと考えています。それもあって、心理描写を避けて表現しているのだと思います。俯瞰して、遠くから眺めた風景を子細に綴っていくのですが、それは風景画を描くことに似ているかもしれません。

ーこの小説にも、作詞で培ってきたその手法が生かされていますよね。心理描写を積み上げていくタイプの小説は多いですが、あえてそれをしないで日々の風景や季節の変化、日常の機微を丁寧に書くことで、誰もが自分のことに置き換えて読むことができる物語になっていると思います。

山田 初めてこれだけ長い小説を書いてみて、自分の性格や、こうやって伝えたいというのが素直に文章に投影されるということを感じました。いつも人に何かを伝える時に、何があっても声を荒げることはしたくないというのがあって、それが小説の文体にも表れていると思います。

ー猫とのことを小説にして欲しいと依頼があった時は、正直どうでしたか。

山田 ポチが亡くなって、その後に起きたことの流れが自分でも信じられない奇跡の連続で、その時間軸を客観的に見て面白いと思っていたから、それを何かしらに残したいとは思っていました。数年前から『MONOLOG』という冊子を作っているので、そこにエッセイとして書いてもいいかなとか、ぼんやりとは考えていました。でも、小説にしないかと言われて、すっと腑に落ちましたね。

ーほぼ即答で「たぶん書けると思います」と言っていましたよ。

山田 ポチと暮らし始めた2001年の秋、最初に動物病院に連れていった時から看病日記をつけていたし、その後もポチのことをずっとブログに書いていて、この13年間を綴った膨大な記録を何とか形に残したいという気持ちはありました。看病日記には診察内容、病状以外に診察代も詳細に記録してあって、その看病日記を元に、猫を育てるための指南書としてエッセイにまとめることもできるかなとも思っていました。初めて猫と一緒に暮らす人が読んだら「こんなに面倒でお金もかかるものなのか」と思うだろうなと。小説と言われた時、それも上手いこと落とし込みながらまとめられると思いました。それに、「ポチが死んでしまって悲しいな。今までありがとう」だけで完結していたらあまり前向きな話にはならないのですが、嘘みたいな続きがあって、その日々が今も続いているから、小説という形でまとめることができる、と直感的に思ったのかもしれません。

ーまず古今東西の猫が登場する小説を山田さんに大量に送って、それを読んでもらうことから始めました。それ以前に、猫を題材にした作品は読んだり観たりしていましたか。

山田 もちろん猫好きなので、いろんな作品に触れてきましたが、あのタイミングで改めて猫の物語を読んでみて、とても面白かったですね。僕も猫への偏愛ぶりを指摘されることは多いのですが、送ってもらった作品を読んで、みんな同様に猫への強い愛情を持っていることに安心しました。猫への偏愛ぶりを書いた作品がこんなにたくさんあるのだから、僕もおおっぴらにポチへの愛を書いても大丈夫だって自信をもらいました。もちろん、愛情の温度も距離感もそれぞれ違っていて、そこも興味深かったですね。




ー書き出す前、ポチとの約13年間の間に起きた事柄をざっと書き出したものを送ってくれましたよね。

山田 最初に時系列を整理していこうと思って、これまで書いてきたメモ書きやブログを元にまとめました。今回の小説の2/3くらいまではそれを下書きにして、物語として清書していきました。1日1500文字と決めて、6月から9月までの3ヶ月間、平日のほぼ毎日、規則正しく書いていったのですが、全く辛くなかったですね。朝起きてコーヒーを飲みながら毎日ブログを書くのがあたり前になっているのですが、ブログの前に原稿を書くことが習慣になりました。小説の原稿を書き出してみて、文章を書くのが全く苦ではないことが自分自身で改めてわかりました。

ー平日は毎日1500文字ずつ山田さんから原稿が送られてくるのですが、早い時には午前9時前にはメールが届くこともありました。毎日、原稿が届くのが楽しみで仕方がありませんでした。でも、後半の山場に進むに従って、次第に原稿が来る時間も遅くなっていきましたが、やはり辛い場面では筆が進まなかったのでしょうか。

山田 14年前からどんどん時系列に書き進めて、後半の去年春から初夏、ポチを看病していた頃に差しかかってくると、やはりその時のことを思い出してしまい……。そのあたりは書いていてとても辛くて、泣きながら書いていました。1500文字を書くのに何度も書き直しをして、早朝から書き始めて終わるのが夕方もう暗くなる頃という日も後半に行くにしたがって多くなりました。物語が進むにつれて書くペースはどんどん乗ってきたのですが、苦しいシーンではどうしても筆が止まってしまうことも多かったですね。
感情的に書くと読者には上手く伝わらないと思ったから、どうやってその時の気持ちを伝えようかと苦心しました。でもそれは、ポチを看病していた時と全く同じ感覚で。落ち込んでいてはポチの面倒を看られないから、自分はしっかりしないとダメだ、と思ったことを思い出していました。冷静になってちゃんと書かないとダメだ、と自分を鼓舞しながら執筆していました。

ー前半、山田さんがバンドでメジャーデビューしてから、ヒットがでなくて苦しむところなど、ここまで赤裸々に書いていいのかと思うほど開けっ広げで書いていますね。

山田 最初、主人公の名前は本名とは違う方がいいと思って架空の名前にしていたのですが、それがどうもしっくりこなくて。やはり自分の物語だから山田にした方がいいと、主人公を「山田」という姓にしたら、どんどん調子が出てきました。
これまで、デビューしてからの約2年間にあったあれこれをここまで語ったことはなかったのですが、主人公の名前を山田にしたことで、これは自分の半生を書いた私小説なのだから、そこも包み隠さずに書こうと思ったのかもしれません。
確かに音楽をやっている人や、その当時から僕の音楽を聴いていた人がこの場面を読んだら生々しいと思うだろうなとは予想できたのですが、そこが面白いと思ったのです。先にバンドメンバーに読んでもらったのですが、予想通りの反応でした。当時から僕のことを知っている音楽ライターの方には、このあたりのミュージシャンの裏側を赤裸裸に描いた小説をぜひ読んでみたいと言われました。

ー山田さんがバンドでデビューした頃からCDがどんどん売れなくなっていって、ミュージシャンの音楽活動のスタイルも急激に変わっていった時期ですよね。小説の中でも、音楽家としての活動スタイルの変化も随所に描写されていて、それも読んでいてとても興味深いところでした。

山田 音楽で生きて行くためのノウハウを書いているわけではないけれど、音楽業界の荒波に飲まれながら、今のスタイルにたどり着くまでのことも包み隠さず事実そのままに書いています。自分は見栄張りなところもあるので、当時バイトもしながらバンド活動をしていたことは見せないようにしていました。その生活を変えて、どうやったら音楽だけでやっていけるのが、葛藤しながらその方法を模索していた頃でした。ちょうどそれがポチと一緒に暮らすようになった時期と重なっていたので、そのあたりの話を自然の流れで書くことができました。

ー音楽家として生きていくために格闘する主人公の姿と、ポチとの暮らしで起きる様々な出来事がリンクしていく流れが、全て事実とはいえ本当に見事で。ポチはいなかったら、山田さんの音楽家としての今は絶対になかったのだろうなと思いました。

山田 何も歌うことがなくて、全く曲ができない時期もあったのですが、そんな時でもポチがいたから曲を作ることができました。自由で美しいその姿を通していろんな想像をかき立てられたり、ポチの視点から日々を描くことで生まれた曲もたくさんあります。

ー山田さんの曲は猫がたくさん出てくるのですが、あくまで猫は1つのモチーフであって、猫のことだけを描いているのではなく、そこからいろんな想像が広がっていく曲だと思うんです。今回も小説も全くそれと同じで、猫はあくまでひとつの象徴で、読む人によって猫を自分の大切ないろんなものに置き換えながら読むことができるなと思いました。

山田 うちは今も猫がいて猫中心で暮らしているけれど、確かに、この小説は読む人によって猫を他の大切な人やものに換えて読んでもらえる話だと思います。

ー山田さんに起きた事実をそのまま書いた私小説ですが、山田さん以外の登場人物も、実在する人物なのでしょうか。

山田 それぞれモデルになった人がいます。でも主人公の僕自身以外は、そのままずばりその人というわけではなく、1人の登場人物に複数の実在の人物のキャラクターを入れ込んでいます。だから、登場人物の性格や言葉遣いも完璧にでき上がった状態で書き始めることができました。
物語を創作した感覚はないのですが、小説を書いた感覚はすごくあるんです。三毛猫のポチを中心に、それに関わる物語を、自分を含めて実在の人物をイメージしながら丁寧に描いていきました。だから、この本は僕が書いた物語というよりも、「猫が僕に書かせた物語」という表現がしっくりくるように思います。

ー登場人物の話でひとつ思い出したのですが、この物語には悪い人間がひとりも出てこないですね。

山田 嫌いな人を登場させる隙がどこにもなかったのかもしれません。そういえば、怒っている場面はひとつもないですね。僕は普段も怒ると悲しくなってしまうので、その感情がそのまま物語にも反映されたのかも。言われて今初めてそのことに気がつきました。

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ー私は猫を飼ったこともなく、この本に携わるまで猫のことをよく知らなかったのですが、随所に猫の基本的なことも細かく綴られていて、それが自然な流れの中で書かれていることも見事でした。

山田 子どもの頃から猫が家にいましたが、田舎だったので都会での猫との暮らしとは全く違うものでした。だから、東京でポチと暮ら始めてから知ったことがたくさんありました。東京で猫を飼い始めたばかりの自分に立ち返って物語を進めていったので、自然とそれを書くことができました。
猫を病院に連れて行った時からの看病日記があったので、書き出す前にそれを読み直したおかげで当時を鮮明に思い出すことができました。だから、14年前のことも事細かに表現できたのだと思います。まさか、その時のメモがこんな形で役立つとは思いもしませんでした。

ー猫を飼い始めたばかりの方、これから飼おうとしている方にとても役立つ内容も盛り込まれていて、実用性も兼ね備えた新しいスタイルの猫小説だと思います。

山田 猫や犬を飼っている方から、「この本を読んで、必ずやってくる避け難い別れのことを考えるようになって、もっと大切にするようになりました」と言われたのがとっても嬉しかったですね。
これから猫を飼おうと考えている人にはもちろん読んでもらいたいですが、一度悲しい別れを経験して、その苦しみをもう味わいたくなくて再び猫を飼うことを躊躇している方にこそ読んでもらいたいです。別れは確かに悲しいけど、猫がいた時のことを思い返したら、その苦しみを越える楽しい出来事がたくさんあったはず。猫がいる暮らしの楽しさ、豊かさを伝えたいというのが、この本を書いた一番大きなところなのかもしれません。

—小説の前に、愛猫ポチに捧げたアルバム『the loved one』を発表しましたが、これは同時進行で制作していたのでしょうか。

山田 ほぼ同時期に進めていました。今年の2〜4月の3ヶ月でアルバムを作ったのですが、その間も小説の構成を考えていました。アルバムの諸々の作業が終わったすぐ後から3ヶ月で執筆しました。推敲に1ヶ月ちょっとかかって、最終稿が仕上がったのは9月中旬でした。

ーアルバムも小説も亡くなったポチに捧げた作品なのに、読み終わった後、聴き終わった後に悲しいという感覚が全くなく、前向きな気持ちになれる作品だと思いました。

山田 ポチへのレクイエムだと思って作り始めたアルバムだったのですが、結果的にとても楽しい作品になったのは自分でも意外でしたね。それはやはり、亡くなった後にポチが呼び込んでくれた奇跡があったからで、猫がもたらした魔法のような引力のおかげで明るいアルバムに仕上がったのだと思います。アルバムが完成した後に聴き直して、その爽快感に自分でも驚きましたね。ポチがいなくなって辛かったけど、今は幸せだなとあらためて感じました。

ー『the loved one』に収録されている「ポチの子守唄」の歌詞を聴いて、最初とっても驚きました。小さな子どもでもわかるようなシンプルな言葉なのに、今までのどの楽曲よりも伝わってくるものがあるということに衝撃を受けました。

山田 ポチを看病している時に、どんな言葉で歌えば気持ちよくなってくれるんだろうということだけ考えていたから、自然と簡単な言葉になったのかな。ただでさえ言葉が通じない猫に伝えるために、心から出た歌なんだと思います。

ーポチを看病する場面でも、「ポチの子守唄」の歌詞の一部が文中に登場しますが、看病しながらこの歌が出来上っていく過程を実際に見ているような気持ちになりました。

山田 小説では数ページの場面ですが、実際は看病中4日間くらいかけて少しずつ完成していきました。でもその数ページの中で、曲が出来上っていく過程が上手く表現できたと自分でも思っています。

ー小説を読んだ後に「ポチの子守唄」を聴いたら、物語により広がりがでると思いますし、先に「ポチの子守唄」を聴いてから小説を読んでも、曲ができていく場面がもっと深く感動できると思います。山田さんの私小説ということで、物語の中には実際の場所がたくさん登場しますが、「猫返し神社」というのも本当にある神社なんですよね。

山田 ジャズピアニストの山下洋輔さんのエッセイ集を読んで、初めてそんな神社があることを知りました。東京の立川にある神社で、本当の名前は「阿豆佐味天神社 立川水天宮」、山下さんのエッセイがきっかけで猫返し神社と呼ばれるようになったようです。ポチが亡くなった翌月にお参りにいきましたが、このあたりのお話は細かく書きましたので、気になる方はぜひ小説を読んでみてください。

ー小説の中のセリフも、実際にあった会話から引用した場面がたくさんあるそうですね。

山田 猫を通じて仲良くなった友人、知人からかけてもらった言葉がいろんなシーンにちりばめられています。だから、これはたくさんの人たちのおかげでできた小説で、自分ひとりでは絶対に書けなかった物語です。

ー文中の場所や人物だけではなく、カバーも小説の中に登場する場面の写真なんですよね。

山田 『饒舌スタッカート』というシングルのジャケット撮影の時のアウトテイクを使いました。小説の中で、僕の膝にポチが飛び乗ってくる場面があるのですが、まさにその瞬間の写真で。
ポチが亡くなった後、うちの納戸のダンボールをひっくり返してポチの写真をいろいろと探したことがあったのですが、その時にこの写真の紙焼きを見つけました。ジャケット撮影後、使わなかった写真の紙焼きを特別にカメラマンの斎門富士男さんからいただいて、それを保管してあったんです。斎門さんにも、写真の使用許諾をいただくために久しぶりに連絡を取ってお話をすることができました。

ー無事に完成しましたが、手にしてみてどうですか。

山田 正直に言うと、若い頃は「ミュージシャンが小説を書くなんて」と思っていました。20年近く音楽をやってきて、41歳になって初めて小説を書いてみてわかったことは、アルバムを1枚作ることと小説を1冊書き上げることは、その創作過程においてそんなに大きな差はないということです。これまでやってきた音楽制作と全く違うことをやっているという感覚はありませんでした。毎日原稿を書くのも全く苦ではなかったし、音楽活動と違う作業で大変だと思うこともありませんでした。ライブをやったりアルバムを作るのと同じ感覚で『猫と五つ目の季節』を書くことができたのが嬉しかったですね。
今は、小説を書く音楽家の気持ちがよくわかります。きっと音楽を作るのと同じような感覚で小説を書き上げたんだろうなと。今回、8万文字以上の物語を書いたのですが、たくさんの文字を使って物語を紡げるということがとても贅沢だと思いました。普段やっている音楽なら1曲3〜5分くらいの曲に入れられる言葉の制約があるけれど、小説は使える言葉の数も無制限で、特にそこが楽しかったです。

ー初小説を書き終えたばかりでまだわからないかもしれませんが、また書いてみたいですか。

山田 『猫と五つ目の季節』は自分が経験したことをほとんど脚色なしにそのまま綴ったお話で、何もないところから想像して物語を作り出したわけではないから、今は何とも言えないですね。でも、もし次また小説を書くとしたら、自分が実際に体験したことをベースに物語を作ると思います。
だから初めての小説を書き終えて、もっと楽しく充実した毎日を送ろうと思うようになりました。ポチと一緒に暮らしてきて小説になるような奇跡を体験できたことが、今は幸せだと思います。これからも、いろんな楽しいことが起きて、それをそのまま小説にできるような充実した毎日を送っていきたいです。『猫と五つ目の季節』を書いたことで、そう思うようになりました。だから、今はこれからの人生のことを考えて、ワクワクしています。

(聞き手:ミルブックス 藤原康二)


Posted by monolog at 18:25│Comments(0)│TrackBack(0) │

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