小説「猫と五つ目の季節」プレオーダー受付始まり、たくさんのお申し込みをいただいて感激。とてもうれしいです。プレオーダー分には特典ポストカード(「饒舌スタッカート」のジャケットに採用された斎門富士男さんの写真で15年越しで初めてカードを作りました)を同封してお送りします。大学時代から僕を知る友だち(読書家)が「猫と五つ目の季節」を読んで、「英米文学を読み込んだ山田らしく文体がカラッとしてて淡々としているところがよかった。泣いたけどな」とメールをくれた。嬉しい言葉でした。今日も一足先に小説を読んでもらった友人知人から届いた感想コメントを紹介します。小説予告編(音楽は近藤研二さんです)とあわせてお楽しみください。
ある程度は想像していたものの、こんなにずーんと来るとは心の準備もなくうかつでした。
ポチとポチ実と、山田さんの暮らしを一緒に過ごしてきたような錯覚にもなり、
自分が猫と暮らしていた短い一時期の記憶とも重なって、
幸せな記憶とともに、息苦しかった記憶も蘇ってきます。
それでも変な言い方ですが、山田さんがこの本を書いてくれて「ありがとう」と言いたい気持ちです。
今は「猫のいない暮らし」の日々ですが、山田さん含め
友人知人たちの猫の愛されっぷりのおかげで、なかなかな擬似猫ライフを過ごしています。
ユサさん(cafe+gallery 芝生 店主)
<猫と暮らす人生>を選んでよかった、と幸せな気持ちになりました。
もちろん、いずれ訪れる別れを思うとつらくて考えたくはないけれど、
それに勝る幸せとご縁をもたらしてくれると、ポチやポチ実に教えてもらいました。
文章から伝わってくる季節の匂いや空の色からは、めぐる生への期待も感じて。
そして今を大切にしよう!と愛猫ミルーをなでまくり、嫌がられました…
強く美しい生き物、猫に感謝。
イナキヨシコさん(イラストレーター)
山田稔明さんの愛猫ポチの写真絵本「ひなたのねこ」の巡回展で
molnにポチの写真が並んだ時、誰もが目を細めながら、
山田さんが撮る、なんでもない日々に生きるポチの写真を眺めていた。
その時にはポチはもうこの世界にはいなくて、わたしは開店前の誰もいない店内で、
スクリーンに次々と現れるポチの愛らしい姿に、涙が止まらなかった。
ポチには天性の魅力があり、それは愛されて暮らし、より内側から輝いていた。
言葉を交わさなくとも、ふたりは何もかも分かり合える相棒であり、共同体。
出会いから始まるふたりのストーリーは、お互いの可能性を広げる、
欠くことのできないピースを持ちあった、運命の相手だったのですね。
そして、運命の人は、けして愛する人を悲しませないよう、
新しい季節を残して旅立つのだと、永久不変の愛を感じました。
佐々木 綾さん(鎌倉 moln 店主)
山田さんとは同世代、地方出身で、表現側と裏方の違いこそあれ、
同じ業界で同じ時期を過ごしていたため、さまざまなことが他人事とは思えず、
自分のことのように読みました。共通点は数え上げればキリがないです。
ポっちゃんの最期は涙が出ました。一方、山田さんが書かずにおれなかった気持ちもよくわかります。
今、わたしは写真の町シバタという活動をしていて、
今年は、さながら個人プロジェクトのようになっているのですが、
「日常の記憶と場所を結ぶこと」を目的に、自分はそのまちの記憶の司書のような役割をイメージしています。
日常の描写の記録は少なく、生活者の大半は「言葉の記録を持たない」人たちだと思っています。
写真や音楽とは、そういう媒介となり、古くは民話や民謡がその役割を果たしてきたのかもしれません。
山田さんも言葉の人で、わたしは自分を司書と言いましたが、山田さんは語り部であり、書き手であり、
そういう役割を持っておられるのだな、と感じてこの小説を読みました。
どうぶつも言葉を持たないけれど、表現豊かな生活者であり、学ぶことは多いです。
原 亜由美さん(写真の町シバタ)
猫と暮らしたことのある人なら泣かずにはいられない。
わたしは途中でちゃんと読むことができなくなりました。
全部本当にあったことだから。
でもそのあとには奇跡のような出会いが待っていました。
まるで映画のようだけど、本当のお話。
猫を愛し、関わる人たちが
山田さんの音楽で泣けてくるのはなぜなのか
この本を読むとよくわかります。
自分の「猫愛」はだれにも負けないという自信があったけど
ポチへの愛には及ばないかもしれない・・・少しだけくやしいです。
西村 麻衣子さん(むさしの地域猫の会)
Posted by monolog at 09:58│
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