2006年04月12日

風に吹かれて

bob三橋 一夫著「60年代のボブ・ディラン」を読了、1960年代のディランの言動はすべてアメリカのカウンターカルチャーの歴史と同期していて非常に興味深かった。

「人間は言葉を持っているがゆえにハイエナやライオンでもやらないような残酷なことする。ライオンはウサギを襲い食べ猫はネズミを捕まえて食べるが、ネズミの集団Aが別のネズミの集団Bと争い殺し合うことはない。人間だけが戦争において人間の集団Aと人間の集団Bが殺し合うのだ。この場合集団Aなり集団Bなりを形作るものは憎しみであったり正義であったりするが、それをかきたてるものは“言葉”なのである。」

...というような意味の文章を読んであらためて言葉の持つ残酷さ、冷酷さを考えると同時に言葉の大切さと尊さを再認識しました。膨大なカタログにおよぶディランの歌詞は意味が深遠すぎて手にあまるが真夜中にぼーっとイヤホンで聴いているとフッとハーモニカの音が左にパンしたりする瞬間にハッとしたりして、気付くと何枚ものアルバムを聴き通した、ということになるから不思議だ。

Posted by monolog at 23:15│Comments(0)│TrackBack(0) │

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